東京高等裁判所 平成6年(ネ)4026号 判決 1995年11月15日
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金五八九二万三四一九円及びこれに対する平成三年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人の第一次請求及びその余の第二次請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審とも、五分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。
五 この判決は、控訴人勝訴部分について、仮に執行することができる。
理由
一 本件取引の経緯等
1 控訴人の被控訴人本店に開設の口座における入金及び出金の状況は、原判決五枚目表四行目の「に対し、」を「において、別紙売買取引計算書記載のとおり、株式等の売買取引を行い、」と、同裏九行目の「二一三五万九〇〇〇円」を「二〇〇〇万円」と、同一〇行目の「金一億円は、」を「本件一億円は、右のとおり、」とそれぞれ改め、同行目の「右」及び同六枚目表二行目から同三行目にかけての「原告による送金の指示に従って、」をそれぞれ削るほかは、同五枚目表二行目から同六枚目裏三行目までに記載のとおりであるから、これをここに引用する。
2 本件取引の経緯
甲第一ないし第四号証、乙第一ないし第五号証、第六ないし第九号証の各一、二、第一〇ないし第一八号証、証人隅田昇、同小谷正人及び同天明寛の各証言並びに控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、証人隅田昇、同小谷正人及び同天明寛の各証言中右認定に沿わない部分は、採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 控訴人は、本件当時は、東山送電工事株式会社の代表取締役(乙一六)として同社を経営している四三歳の分別盛りの男性であり、本件以前から被控訴人新宿支店と株式等の取引をしており、さらに、本件当時日興証券池袋支店で一億円を超える株式の取引をしていた。
(二) 隅田は、被控訴人本店営業部の従業員であったが、平成三年一月七日、控訴人に対し、電話で株式投資の勧誘をした。控訴人は、以前に被控訴人新宿支店と株式等の取引をして損失を被ったことを話し、断ったところ、隅田は、そのように支店が迷惑をかけた客をカバーするのも本店の仕事だと言い、面会を求めたので、隅田が同月一一日に控訴人の会社を訪問することを承諾した。隅田は、同日、控訴人の会社を訪れ、控訴人に対し、本店では新規公開株も入手しやすいし、優秀なスタッフもそろっていることを告げ、株式投資を勧誘した。当時、新規発行の公募株の割当てを受けることは、ほとんど確実に利益を手中にすることができるように観念されていたため、控訴人は、隅田の勧める番号2の新規公開株のエニックス株式一〇〇〇株を購入することとし、同月一六日、「総合取引申込書兼保護預り口座設定申込書」(乙三)及び右新規公開株エニックス株式一〇〇〇株の「入札申込書」(乙四)にそれぞれ署名・押印し、その代金として八二七万円を支払った。
隅田は、同月一八日、控訴人に対し、日経平均株価に連動する積立株式ファンドと新規発行の菱洋エレクトロニクス株式の買付けを勧めたところ、控訴人は、菱洋エレクトロニクス株式一〇〇〇株を購入することを承諾し、番号1の菱洋エレクトロニクス株式一〇〇〇株の買付注文をすると同時に、入札を申し込んでいた前記番号2のエニックス株式一〇〇〇株の買付注文をした。
隅田は、同月一九日、控訴人に対し、まとまった金を預けていただければ、高利回りの保証で資金運用ができる旨告げ、積立株式ファンドの買付けを勧めた。控訴人は、まとまった金として一億円を銀行から借り入れるにしても、金利の支払があると答えると、隅田は、当時の銀行金利が約七・五パーセントであったところから、その倍の年一五パーセントの利益を約束しましょうと告げ、毎月一回控訴人の銀行口座に一億円に対する年一五パーセントの利回りの一か月分相当額である一二五万円を振り込むことを約束をした。控訴人は、その約束を書面にしてほしいと求めたが、隅田から、他のお客さんとも口約束であり、書面は書けないと断られた。そして、隅田は、その代わりとしてその部署の最高責任者を連れてくると言ったので、控訴人は右約束を信用した。
そこで、控訴人は、同月二一日、番号3、4の積立株式ファンドの買付注文をするとともに、富士銀行板橋駅前支店から一億円を借り入れて、同月二二日、右積立株式ファンドの買付代金一億円(本件一億円)と番号1の菱洋エレクトロニクス株式の買付代金二二五万九〇〇〇円の合計一億〇二二五万九〇〇〇円を支払った。
(三) 隅田は、平成三年一月二八日、前記約束に従って、上司である被控訴人本店営業部の天明寛営業部長(以下「天明営業部長」という。)を連れ、控訴人の会社を訪問してきた。控訴人は、天明営業部長と世間話をした後、年一五パーセントの利回り保証なら誰でもやるでしょうと尋ねると、同人は、今は株価が下がっている時期なのでこういう条件でもなかなか一億円を出す人はいない旨述べ、隅田のした利回り保証の約束を確認した。控訴人は、利回り保証を書面にしてほしいと求めたが、天明営業部長は、本店営業部の責任者である自分がこうして来ているので、書面の作成は勘弁してほしいと言った。また、控訴人は、株価の悪い時期に年一五パーセントの利回り保証がなぜできるのか疑問に思い、質問すると、天明営業部長は、株を買うだけだと株価が高くならないと利益は上がらないが、オプション取引を駆使すれば、株価が下降する時期でも十分利益を上げられると説明した。
(四) 控訴人は、いずれも、隅田から署名・押印を求められ、平成三年二月七日、「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙一一)に、同月一二日、「株価指数オプション取引口座設定約諾書」(乙一二)に、同月一五日、「外国証券取引口座設定約諾書」(乙一三)にそれぞれ署名・押印した。控訴人は、また、同日、隅田から勧められた番号10のリース電子の公募株一〇〇〇株を購入することとし、買付代金二七〇万六〇〇〇円を支払った。
控訴人は、そのころ、隅田に対し、資金の運用は委せてあるのだから個別の取引について承認を求められても困る、被控訴人の責任で資金の運用をしてほしい旨述べた。そのため、隅田は、その後の取引については事後連絡だけで行うことが多くなったが、被控訴人からは、毎月末日付けで、当月の取引明細並びに預かり金銭及び証券残高等について報告書(乙六ないし九の各二)が発行され、控訴人は、これに対し、その内容を確認した旨の回答書(乙六ないし九の各一。以下「回答書」という。)を差し入れていた。
隅田は、同月二〇日ころ、控訴人の会社を訪れ、本件一億円とは別に、証券投資信託ジャパンエクセレント一〇〇〇口を一〇〇〇万円で買い付け、一か月間位保有してほしいと勧めた。控訴人は、銀行の残高を確認し、残金があったら購入すると答え、同月二五日、一〇〇〇万円を支払い、番号18のジャパンエクセレント一〇〇〇口を買い付けた。
被控訴人は、同日、控訴人の富士銀行板橋駅前支店の銀行口座(以下「銀行口座」という。)に本件一億円に対する年一五パーセントの利回りの一か月分に相当する一二五万円を送金した。
一億円×一五%÷一二=一二五万円
控訴人は、同月二八日、隅田からナムコの公募株一〇〇〇株の購入を勧められ、番号20のナムコ株式一〇〇〇株を買い付け、代金二八六万七〇〇〇円を支払った。
(五) 控訴人は、平成三年三月一八日、隅田の勧めに従い、番号33、34のナショナルパワー株式と番号35のパワージェン株式のうちの各五万株を買い付け、合計三四三三万一六四〇円を支払った。
被控訴人は、同月二五日、控訴人の銀行口座に一四〇〇万円を送金したが、その内訳は、本件一億円と前記ジャパンエクセレント購入代金一〇〇〇万円の合計一億一〇〇〇万円に対する年一五パーセントの利回りの一か月分相当額である一三七万五〇〇〇円と右ジャパンエクセレントの購入代金一〇〇〇万円の返済と番号10のリース電子一〇〇〇株の売却代金二八六万一八四二円のうちの二六二万五〇〇〇円であり、事前に控訴人から隅田に対して電話により指示があったものである。
(六) 控訴人は、平成三年四月三日、隅田の勧めに従い、番号43のクラレワラントを買い付け、同月八日、その買付代金一五〇〇万円を支払った。同日、控訴人は、「信用取引口座設定約諾書」(乙一三)に署名・押印した。
被控訴人は、同月二六日、控訴人の銀行口座に一九三万円を送金した。右一九三万円は、本件一億円に対する年一五パーセントの利回りの一か月分、前記番号33から35までの株式の買付代金三四三三万一六四〇円に対する年一五パーセントの利回りの四〇日分及び番号43のワラントの買付代金一五〇〇万円に対する年一五パーセントの利回りの一九日分に相当する一九三万一四七八円の端数を切り捨てたものである。
一億円×一五%÷一二+三四三三万一六四〇円×一五%×四〇÷三六五+一五〇〇万円×一五%×一九÷三六五=一九三万一四七八円
(七) 控訴人は、平成三年五月二日、元本及び年一五パーセントの利益が保証されているという約束であったのに、損失が拡大していたので、被控訴人本店を訪れ、隅田に対し、どういうことなんだと詰問したところ、隅田は、一時的なマイナスはあっても、本店営業部全体で取り組んでやっていることだから、結果的に利回りは間違いないので心配しないでほしいと答えた。控訴人は、その際、同年七月末ころには七〇〇〇万円を銀行に返済しなければならないと述べた。
隅田は、被控訴人本店営業部の江添勝哉とともに、同年五月一七日ころ、控訴人を訪問し、同年三月分及び四月分の各回答書(乙八、九の各一)に署名・押印を求めた。これに対し、控訴人は、年一五パーセントの利益を保証するというので取引を始めたのに損失が大きく出ていると言い、右各回答書に署名・押印してほしければ、右利益保証をする旨を書面に書くよう求めたが、隅田らは、これを拒否した。そこで、隅田、小池昭弘前営業課長及び後任の小谷正人営業課長(以下「小谷課長」という。)は、同月二四日、控訴人の会社を訪ね、控訴人に対し、会社から回答書の受入れを強く求められていることを告げ、さらに、右各回答書に署名しないと顧客とトラブルがあるとみなされ、オプション取引ができなくなると説得したため、控訴人は、しぶしぶ右各回答書に署名・押印した。
被控訴人は、同月二八日、控訴人の銀行口座に、その当時の預かり資金残高一億四九三三万一六四〇円(本件一億円、番号33から35までの株式の買付代金合計三四三三万一六四〇円及び番号43のワラントの買付代金一五〇〇万円の総計)に対する年一五パーセントの利回りの一か月分相当額一八六万六六四五円の端数を切り上げた一八七万円を送金した。
一億四九三三万一六四〇円×一五%÷一二=一八六万六六四五円
隅田は、同月二九日ころ、小谷課長とともに控訴人の会社を訪問し、新たな資金でアサヒビールのワラントの難平買いを勧めたところ、控訴人は、番号64のアサヒビールのワラントの買付注文をし、同年六月三日、その代金二〇〇〇万円を支払った。
(八) 平成三年六月二〇日、控訴人は、自動車電話により隅田に電話し、同月二五日に控訴人の銀行口座に振り込むべき金額について、預けてある資金残高は一億六九三三万一六四〇円なので、その利回り保証の年一五パーセントの一か月分二一一万六六四五円に三三万一六四〇円を加算した金額を振り込むよう求め、それに対して、隅田は利回り保証については否定することなく、資金はお預かりして、年一五パーセント程度の利回りを付けるような形でやってきていることは分かっている旨、年一五パーセントの利回り保証をしていることを前提とした応答をしており、その会話内容は、録音テープに録音されている(甲一)。控訴人は、小谷課長と隅田が同月二〇日控訴人の会社を訪問した際、同年七月には被控訴人に預けてある資金の中から約七〇〇〇万円を銀行に返済しなければならないと告げた。これに対し、小谷課長は、これ以上株式相場が下落すると、右の返済もできなくなるおそれがあるので、保有している株式などはすべて売却した方がよいと勧め、控訴人も、これに同意した。同年六月二〇日以降、控訴人の担当者は隅田から小谷課長に代わり、小谷課長は、その後、控訴人に対し、時価とおよその売却代金額を連絡して控訴人の個別の了解を得た上、番号46、54、56、60、64、65、68の株式等を順次売却した。
被控訴人は、同月二五日、控訴人の銀行口座に当時の預かり資金残高である一億六九三三万一六四〇円(その内訳は、前記(八)に同じ。)に対する年一五パーセントの利回りの一か月分相当額に右預かり資金の端数である三三万一六四〇円を加えて二四四万八二八五円を送金した。
一億六九三三万一六四〇円×一五%÷一二+三三万一六四〇円=二四四万八二八五円
(九) 被控訴人の小谷課長は、平成三年七月五日、六九〇〇万円を控訴人の銀行口座に振り込んだが、それは、その一日前に売却した金額全額を振り込むかどうかを控訴人に電話で確認したところ、六九〇〇万円を振り込むよう指示されたので、これに従ったものである。そして、控訴人は、これを銀行への返済に充てた。
小谷課長は、同月八日、控訴人の会社を訪れ、残っている債券等は番号40の積立株式ファンドであり、預かり金は約三〇〇万円しか残っていない旨報告し、損害を回復する手段として新規公開株等を割り当てる等して利益を得られるよう全力を尽くすので、新たに一億円の資金を投入してほしいと求めたが、控訴人は、これまでの損失を取り戻す旨の確約を要求し、小谷課長がそれはできないと言ったので、応じなかった(甲二)。
被控訴人は、大手の会社多数に対し、大規模な損失補填を組織的にしていたことが発覚するという前代未聞の証券不祥事を起こしたため、大蔵省から同月一〇日から同月一五日まで営業停止処分を受けた。
小谷課長は、同月一六日、番号69の新規公開株のリリカラ株式一〇〇〇株の買付けを勧め、控訴人はこれを注文した。小谷課長は、同月一七日、控訴人の会社を訪れ、控訴人に対し、更に一億円の資金を出してほしいと求めたが、前回同様拒否された。小谷課長は、また、年一五パーセントの利回り保証は困難になったので、年九パーセントに下げてほしいと要請し、控訴人はこれを了承した。
被控訴人は、同月三〇日及び同年八月二六日、控訴人の銀行口座に、それぞれその当時の預かり資金残高である一億円に対する年九パーセントの利回りの一か月分相当額である七五万円を送金した。
一億円×九%÷一二=七五万円
(一〇) 平成三年二月一九日の番号11のフルアコープの売却以降番号12から17まで、19、21から32まで、36から42まで、44から63まで、65から68までの各取引は、控訴人が隅田の利回り保証の約束の下に番号3、4の積立株式ファンドの買付代金として支出して資金運用を任せた本件一億円を隅田が同年六月二〇日まで原則として自己の裁量で行っていたものである。その取引内容については、前記のとおり、事後的に、報告書によって控訴人に報告され、その確認を得ていた。
(一一) 控訴人は、平成三年一月一八日から同年七月二三日まで番号1から69までの各取引をしたことにより、合計八四一七万六三一四円の損失を被った。
二 預託金返還請求について
1 前項認定の事実によれば、控訴人は、隅田から年一五パーセントの利回り保証の約束の下に資金運用を勧められ、同人の勧める番号3、4の積立株式ファンドの買付代金として本件一億円を支出したこと、被控訴人本店営業部の天明営業部長、小谷課長らも、控訴人との会話において、年一五パーセントの利回り保証を前提とした応答をし、小谷課長は、年一五パーセントの利回り保証を年九パーセントに引き下げてほしい旨の要請までしていること、そして、現実に、被控訴人から、控訴人に対し、平成三年二月から同年六月まで、本件一億円を含む株式等の買付資金に対する年一五パーセントの割合による利回り相当額が毎月送金され、同年七月からは、年九パーセントの割合による利回り相当額が送金されていること、取引のかなりの部分が控訴人の個別の事前の承認を得ることなく実行され、事後報告される方式で行われていることが認められるのであり、以上認定の事実を総合すれば、隅田のみならず、天明営業部長及び小谷課長も、書面化は拒否したものの、口頭により、控訴人に対し、年一五パーセント(後に、年九パーセントに引下げ)の利回り保証を約束したものと認められる。
被控訴人は、利回り保証の約束はなかったし、右送金についてはいずれも控訴人からの指示に従ってしたにすぎないと主張し、証人隅田も、控訴人からの利回り保証の要求に対し、応じられないと答えた旨、そして、その当時の株価の動向から積立株式ファンドを購入すれば、年一五パーセント程度の目標利回りが期待できる可能性が高いと説明したにすぎない旨、証人天明及び同小谷も、利回り保証の約束をしたことはない旨、それぞれ右主張に沿う供述をしているが、利回り保証の約束を否定する右各供述は、いずれも前記認定事実に照らし、採用することができないし、また、送金については控訴人からの指示に従ったものであるとの主張も、送金額は、いずれも、前記認定のとおり、年一五パーセント(後に年九パーセント)の割合により算出された金額と整合するものであるところ、利回り保証の約束もないのに、控訴人が毎月定期的に被控訴人に対して支出した資金残高に対する定率の金銭の振込みを一方的に指示していたとは到底解されない上、被控訴人から控訴人への利回り相当額の送金の中には、前記認定のように、明らかに、控訴人と隅田又は小谷課長とが送金額について打合わせをしたものが含まれており、その際には、隅田及び小谷課長とも利回り保証の約束が存することを前提とした応対をしていた事実が認められるのであって、被控訴人の右主張は、採用することができない。
2 右のように、被控訴人の従業員である隅田は、控訴人に対し利回り保証の約束をし、その上司である天明営業部長及び小谷課長もこれを容認していたと認められるのであるが、控訴人からの度重なる書面化の要求にもかかわらず、同人らが一貫してこれを拒絶していたこと、また、利益保証は、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法五〇条においても禁止されていて、これに違反した場合は行政処分の対象となるものとされていたところからすれば、被控訴人が会社として従業員に対し違法な利益保証の約束をしてまで株式投資等の勧誘をすることを命じ、又はこれを容認していたとまでは解されない(その事実を認めるに足りる証拠もない。)ことに照らせば、右約束は、隅田の努力目標としての個人的約束にとどまるものであり、いまだ控訴人と被控訴人との間でそのような約束がされたと認めることはできない。
したがって、預託金返還請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
三 不法行為による損害賠償請求について
1 前記認定事実によれば、控訴人は、平成三年一月七日、被控訴人本店営業部の従業員である隅田から、本店での株式投資を勧誘され、当初これを断ったものの、その後、隅田から、年一五パーセントの利回り保証を約束されたため、株式等の取引を開始したものであり、右利回り保証の約束は、隅田の上司である本店営業部の天明営業部長及び小谷課長もこれを確認し、容認している。
しかしながら、利回り保証を伴う証券取引の勧誘は、前記のとおり、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法五〇条により禁止され、これに違反した場合は行政処分の対象となるものとされていて、被控訴人も、従業員に対し、その職務として顧客に利益保証の約束をしてまで株式投資等の勧誘をすることを命じ、又は容認していたとは認められないから、被控訴人の従業員が顧客に利益保証を約束することがその従業員の職務権限の範囲内に属するものとは認められない。
したがって、隅田は、利回り保証について、その職務権限がないのに、被控訴人としてそれが可能であるかのように虚偽の事実を述べ、控訴人に株式等の取引のため資金を支出させ、その結果、控訴人に合計八四一七万六三一四円の損害を被らせたものであって、民法七〇九条による不法行為責任を免れない。
2 そして、一般に証券会社が行う証券取引の勧誘は、証券会社の事業の執行の範囲内に属するものであって、隅田による利回り保証の約束も証券取引の勧誘の一環としてされたものであり、しかも、改正証券取引法施行前の本件当時一般投資家である控訴人が被控訴人において利回り保証についてどのような取扱いをしているのかを正確に認識するのは困難であったことも考慮すると、隅田の右行為は、被控訴人の業務と密接な関連を有し、その外形から見て被控訴人の事業の執行の範囲内に属するものとみるのが相当である。
3 悪意・重過失の主張について
ところで、被用者の取引行為がその外形から見て使用者の事業の執行の範囲内に属するものと認められる場合でも、取引の相手方において被用者の行為がその職務権限内において適法に行われたものでないことを知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、相手方は使用者に対してその被用者の行為に基づく損害の賠償を請求することはできないものというべきであり、ここにいう重大な過失とは、取引の相手方において、わずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行われたものでない事情を知ることができたのに、漫然これを職務権限内の行為と信じたことにより、一般人に要求される注意義務に著しく違反することであって、故意に準ずる程度の注意の欠如があり、公平の見地上、相手方に全く保護を与えないことが相当と認められる状態をいうものと解すべきである。
そこで、本件において、控訴人が隅田の行為が職務権限内において適法に行われたものでないことを知っていたか、又は知らなかったことにつき重大な過失があったか否かについて検討する。
前記認定事実によれば、控訴人は、本件当時、東山送電工事株式会社の代表取締役として同社を経営していた四三歳の分別盛りの男性であり、本件以前から被控訴人新宿支店と株式等の取引をしており、さらに、本件当時日興証券で一億円を超える株式の取引をしていた等証券取引について一般社会人以上の知識及び経験を持ち、また、利回り保証の約束について書面化を要求して拒否されたものの、隅田のみならず、同人の上司である本店営業部の天明営業部長からも、右利回り保証を確認する内容の発言があり、それがなぜ可能なのかについての説明まで受けたため、これを信じて被控訴人の本店における株式等の取引を開始するに至ったことが認められ、これらの事実によれば、控訴人は、隅田の右利回り保証の約束がその職務権限内において適法に行われたものではないことを知らなかったものと認めるのが相当であり、控訴人がこれを知っていたことを認めるに足りる証拠はない。
次に、控訴人が、隅田の右行為がその職務権限内において適法に行われたものでないことを知らなかったことにつき重大な過失があったか否かについてみると、控訴人は、前記認定のとおり、自ら会社を経営する分別盛りの男性であり、かつ、株式取引についても相当の経験があり、したがって、株式取引においては恒常的に一定の利益を確保することが困難というより不可能に近いことは認識していたものと考えられ、そして、それ故にこそ、天明営業部長に対して年一五パーセントの利回り保証がどうして可能なのかを質問したものと推察される。そして、このような控訴人の地位、年令、株式取引についての知識・経験にかんがみ、また、隅田も天明営業部長も利回り保証について書面化することを拒否していたことに照らすと、隅田の上司である天明営業部長が隅田のした利回り保証の約束を確認し、それが可能なことの説明までしたことがあるとしても、控訴人が隅田が右利回り保証の約束をする職務権限を有していないことを知らなかったことについて全く過失がなかったとまではいえないが、その過失の程度は、故意に準ずるほど重大なものであるともいうことはできない。
しかしながら、右のとおり、控訴人も本件取引に関し過失を免れないのであるから、損害賠償額を算定するに当たってこれを斟酌するのが相当であり、本件にあらわれた控訴人側及び被控訴人側双方の一切の事情を勘案すると、控訴人の過失割合は三割とするのが相当である。
4 公序良俗違反の主張について
(一) 有価証券の売買その他の取引につき、証券会社が顧客に対し損失保証又は利益保証の約束をすることは、改正証券取引法により禁止されるとともに、証券会社の顧客が右の約束による利益を得ることも禁止され(五〇条の二第一項一号、二号。なお、同条の規定は、平成四年法律第八七号により一条繰り下げられ、五〇条の三となっている。以下同じ。)、これらの禁止規定は、懲役刑を含む重い刑罰をもって強制されることとなった(一九九条一号の五、二〇〇条三号の三。なお、右一九九条一号の五の規定は、平成四年法律第八七号により一号繰り下げられ、同条一号の六となっている。)。すなわち、これらの行為については、平成三年法律第九六号による改正前にも、証券会社が行うことを禁止する規定が設けられていた(右法律による改正前の証券取引法五〇条一項三号、五八条一号)が、改正証券取引法は、損失保証や利益保証等により証券取引の秩序が大きく歪められた苦い経験を踏まえて、健全な証券取引秩序を維持するため、損失保証及び利益保証のほか、そのような約束のない損失補填についても、証券取引秩序を歪めるものとして、具体的かつ網羅的にその態様を掲げて、証券会社がこれらの行為を行うことを禁止するとともに、顧客に対しても、これらを要求して実現する行為を禁止し、違反行為に対しては懲役刑を含む重い刑罰を科することにより、励行させることとしたものである。そして、改正証券取引法は、平成四年一月一日から施行された。
右のように、改正証券取引法が損失保証及び利益保証について網羅的かつ明瞭に禁止し、しかも、その禁止は、これに違反した証券会社のみならず、これらを要求して実現した顧客にまで刑罰をもって臨むという厳格なものであることからすれば、同法施行後にされた損失保証及び利益保証は、証券取引秩序を損なう反社会的行為であり、そのような約束が仮にされたとしても、その約束は、公序良俗に反し、民法九〇条により無効であるというべきである。
(二) ところで、隅田が行った本件の利益保証の約束は、平成三年一月に行われたもので、改正証券取引法の施行前の行為であるから、その当時の証券取引法の解釈によって、その効力を検討すべきである。平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法五〇条によれば、損失保証及び利益保証は禁止されていて、これに違反した場合は行政処分の対象となるものとされていたが、その違反については罰則はなかった。そして、損失保証及び利益保証は、これを無効とした場合、利益を受けるのはそのような損失保証等をした証券会社なりその役職員であって、顧客はかえって不利益を被るおそれがあったため、私法上は有効と解する説が有力であった。
したがって、改正証券取引法の施行前においては、利益保証の約束を無効とするまでの公序は形成されていなかったものと解するのが相当である。しかしながら、改正証券取引法の施行後においては、同法施行前にされた利益保証の約束であっても違法・無効なものとなり、右利益保証の約束に基づいて利益の支払を求めることはできないものと解すべきである。
(三) ところで、被控訴人は、利益保証等の約束の下に行われた証券取引により生じた損害について不法行為を理由としてその賠償を求めることは、民法七〇八条の類推適用により許されないと主張する。
しかしながら、改正証券取引法の施行前にされた利益保証等の約束の下に行われた証券取引により生じた損害について、これを証券会社の不法行為としてとらえ、その賠償の請求をすることは、右(二)の場合とは問題を異にするのであり、民法七〇八条の類推適用によって当然に拒否されるべきものではなく、利益保証等の申出をして証券取引を勧誘した証券会社ないしその従業員側と、右申出を信じて証券取引をした顧客の双方の不法性の程度を比較して、顧客の不法性の程度がより強く、損害賠償請求を認容することが公序維持の観点から相当でないと認められる場合に、初めて同条の類推適用によってこれを拒否することができ、そうでない場合は、右請求を認容すべきである。
そして、本件においては、前記認定のとおり、被控訴人の従業員である隅田が株式取引の開始を渋る控訴人に対して、利益保証をする旨積極的に告げて取引を勧誘し、同人の上司である本店営業部の天明営業部長もそれを確認するなど、被控訴人の従業員の不法性の程度が極めて強いのに対し、控訴人は自ら利益保証を求めたわけではなく、隅田が利益保証を申し出たためこれにひかれて取引を開始するに至ったというにすぎず、その不法性は低いものと認められるから、民法七〇八条の類推適用によって本件不法行為に基づく請求が許されないということはできない。
したがって、被控訴人の前記主張は、採用することができない。
5 そうすると、被控訴人は、民法七一五条により、控訴人に対し、控訴人が本件取引により被った損害八四一七万六三一四円の七割に当たる五八九二万三四一九円及びこれに対する不法行為の後である平成三年九月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
四 債務不履行による損害賠償請求について
控訴人は、第三次請求として、過当売買による債務不履行による損害賠償請求をしているが、右請求は、その主張の趣旨に照らせば、第一次請求及び第二次請求がいずれもすべて棄却された場合に備えたものであり、それらが一部でも認容された場合にはその判断を求めるものではないと解される。したがって、第二次請求を一部認容すべきことは前示のとおりであるから、第三次請求については、判断しない。
五 以上によれば、控訴人の本件請求中、第一次請求である預託金返還請求は、すべて理由がなく、第二次請求である不法行為による損害賠償請求は、前記説示の限度で一部理由があるが、その余は理由がないから、右各請求を全部棄却した原判決は一部失当であり、本件控訴は一部理由がある。
よって、原判決を変更し、控訴人の第二次請求を右の限度で認容し、第一次請求及びその余の第二次請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井健吾 裁判官 吉戒修一 裁判官 大工 強)